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ラオスの教育事情

ラオスの出版事情

ラオスを理解するために(参考文献)

ラオスの新聞記事

ラオスの新聞記事から

ラオスの英字新聞「Vientiane Times」の記事を、当会ボランティアが日本語に翻訳してくれました。


adfadfadf

昨日、教育省のSomkot氏は、初等教育年齢の91%の出席率と識字率の改善の2つの目標を説明した。月曜日から始まる08-09年度において、それらの改善と教育への挑戦にフォーカスすると述べた。

「2015年までの"すべての子どもたちに教育を"計画を達成させるため、教育分野と関連機関は共に努力し、教員開発に重点を置くべきである。教員はシステムの中心にあり、教育の改善と人的資源の質の向上は、最重要点である。関連セクターとの協力を通して、子どもたちの教育のために両親と教員を励ました。教育システムの管理、妥当性、質、公平なアクセスに焦点を合わせることが必要である。彼の課はすべての学年において、初等教育と開発教育の義務的な実施を計画している。

これは、遠隔地でのさらなる質のよい教員が求められる。また、現在初等教育にアクセスできていない子どもたちを参加に近づけることを意味する。ラオスの小学校は、完全に包括的で、よりよい教育が完全校のある村に広げていくために必要になるに違いない。地域の人々への識字トレーニングや教育の供給が注目されるであろう。村人は、コミュニティの発展のために教育を利用でき、将来、貧困削減につながる。」と彼は言った。

今年度、2%の落第率の削減、5.8%の退学率の削減とすると、教育セクターに話をした。 洪水の影響で予定通りに開校できない学校においては、地元当局と委員会とともに、県と郡の教育局職員も復興に協力する様、話をした。 特に学校がない地域には、もっと学校を建てるための資金を探さなくてはならない。私たちは学校の質を改善したい、そして子どもたちを薬から遠ざけたい。

すべての学校管理者は、もっと効果的に生徒を管理し、特に学校で使用する教科書やその他の学校設備を管理する働きをすべきであると述べた。彼はまた、国の必要性に合うための教育水準の改善のための支援を継続して欲しいと、地元の企業やNGOそして国際ドナーに求めた。 生徒は国の社会経済発展を担う新しい世代である。子どもたちの将来のためには教育は必要であると強調し、すべての親に子どもたちを毎日学校に行かせるようにと話した。(2008年8月28日の記事より)

開発のカギは先生の規準

 昨日政府は、教員養成校における先生の能力不足と近代的な知識の不足が、技術を兼ね備えた労働力を生み出すための課題であると言った。  ラオスの投資者たちは、教育上の基準を満たしているのにも関わらずスタッフが能力不足であることに頭を悩ませている。  高等技術と職業教育課コンシィ・センマニー氏は、22の県立職業訓練校で働いている2,000人の先生のうち、基準に達しているのは40%のみと言った。これが技術をもった労働力が低いことを招いている原因である。

「私たちは基準に満たない先生たちの能力を向上させるために、尽力せねばならないだろう。また、2,000人の教員数は、十分ではない。需要を満たすためには、更に2000人の先生が必要である。7つの職業訓練校が現在、北部で建設中であり、2011年までに建設される予定である。先生の規準は、2015年までに改善される。」とコンシィ氏は言った。 職業訓練校が直面している別の問題としては、他の国では使われていない時代遅れの資材が使われていることであると彼は言った。

教育省は、民間セクターから職業訓練生の協力を得て、30%の時間を理論を学ぶ時間にあて、残りを工場や会社で実習経験を積む時間とするよう勧めている。 しかし、民間なセクターは訓練生の受入を嫌がっている。なぜなら訓練生を受け入れることは生産を減らす要因となるからだ。今職業訓練校に通う生徒のための実習コースは、家具の製作と、サービス業で実施していると彼は言う。

 印刷と織物の訓練プログラムを始める計画を立てている。労働社会福祉省の雇用部署長のプーバン・チャンタヴォン氏は「彼の省は労働者の能力についての法令を引っ張っている。その法令は、あらゆる手法でラオスの労働者の規準を上げることに注目し、また、政府の役人の給料1.5%とそれらの工場から1%の控除による融資という、労働者の能力開発基金の設立や卒業した生徒を労働市場に送り出す前の能力の査定を提案している。これらを試験的に行うための資金を韓国に要請した。試験に合格しなかった者は再び訓練をする、試験を合格した人は、彼らの能力別に資格を得ることができる。」。と言った。  

行政はまた、技術のある労働力を確保するために教育省と労働社会福祉省の間で、更なる協力を呼びかけている。  3,000~4,000の労働者は毎年訓練を終えている、しかし教育省は数年間の間にこの数が100,000にまで上ることを望んでいる。(2008年8月28日の記事より)

教育改善に向けての協議

 昨日(25日)教育省のSomkot Mangnmerk氏は、国の教育システムを、労働生産性増加に焦点をあわせた人材資源開発戦略の基礎として強化すると発表した。 昨日ビエンチャン市内で行われた、政府と教育セクターとの共同理解を得ることを目的とした会議でSomko氏が発表した。 Somkot氏は、教育開発に向けての枠組みと方策を説明した。国の教育セクター改革戦略を実行するために必要な難しい選択があるという事実が強調された。

「我々は、ビエンチャン宣言の下あらゆる支援者と提携を組んで枠組みや方策を作成することに全力で取り組んできた。重要なのは見直しに向けて全ての関係者と理解しあうこと、社会経済発展年(2001年~2010年)の7周年記念会議にてこの見直しの重要な点は、産業開発・人材育成を改善していくことである。関係者たちは人材育成を一番に重視して開発を進めるべきである。そして、貧困削減に向けての持続的かつ、実用的な策に見直しを図るべきである。」と発言した。

このような試みで教育セクターは、基本的な重要項目を強化し正しく見直せねばならない。Somkot氏によると、この案は社会経済開発に向けての6番目にあたる国策として考案されているところだが、この見直し策は、教育策セクターの開発の次の段階への枠組みと共に今、実行されなければならない。  「この枠組みは単に計画を実行することのみではなく、その試みからより効果的な変化を導くようになっている。首相は教育セクター、人材開発が社会の変容と雇用市場の関連性に気がついた。」とも述べていた。(2008年8月26日の記事より)

政府はタットルアン湿地の補償額を定める

ヴィエンチャン市長によると、政府が開発を行っている、タットルアン湿地の住民は、彼らが望むほど多くの補償金を受け取ることはできない。

Anouphab Tounalon氏は、中央政府の当局はT4通りと都市の中心に住んでいる人々に対し、1㎡ごとに172000kip(US$20)の補償金を支払うことを承諾した。さらに遠くに住む人々への補償金は少なくなる。Anouphab氏は、住民がヴィエンチャン地域の地価の相場に比べ、補償額が少なすぎだと不満を言ったとしても、補償金の額は適当だと言った。彼は、地主は1㎡ごと860000kipを要求したが、それは高すぎであるとされ、そしてその額では町の開発計画が予定よりも高くなってしまうと言った。Anouphab氏は、地主が提供される補償額の総額に満足しなかったとしても、当局たちは土地の条件に対し、法にそっていると裏付けた。

「その土地は全てのラオス人のもので、政府は正しく運営をしている。多くの土地は違法で国土を占領しているが、政府は親切にも人々に土地を補償した。」彼は木曜日、地元のジャーナリストのインタビューでそう答えた。 湿地は国のものだが、人々は許可なくそこに建物を建設した。また、当局たちは住民が新しい土地に家を建てるためには十分な資金があるということを保証するために、人々に建物と作物で賠償することに同意した。役人のチームは、湿地で地価と作物の価値を査定する。そうすれば、彼らが政府の役人であろうがなかろうが全ての人が平等に扱われる。Anouphab氏は、当局はプロジェクトの開発地の境界の画定は終わったと裏付けた。当局はタットルアン湿地周辺の全ての土地を要求はしないであろうと彼は言った。なぜなら、そこは補償がとても高くなる。地域に建物や永続的に住む住民がいるからである。

 開発計画は、去年の初め政府が、中国の会社に新しい国立競技場を造る代わりに数十年間、タットルアン湿地で土地を使うことを許可したことから始まった。1600ヘクタールの多大な開発は、もともと計画されたものであったが、これが200ヘクタールにまで規模が小さくなり、また、600ヘクタールまで増えた。その後、追加でその会社は、新しい国立競技場の近くの開発地を提供された。そして雨季の後、その地の調査を始める予定である。ラオスは、2009年に25周年のASEANゲームを主催する。そしてそのイベントのために新しいスポーツ施設が必要である。政府は、投資者に土地を貸すことは許可しなかったがその代わりに政府と人々にとって有益なパートナーシップを築くことができたと言った。(2008年8月25日の記事より)

最優秀生徒が証明書を受け取る

 注意深く聞くこと、想像力を働かせること、わからないことを聞くことでラティコンくんがビエンチャンの最優秀生徒賞を得た。  14歳のラティコンくんは、全ての科目を一生懸命勉強するとても優秀な生徒です。彼は、ビエンチャンで育ちました。そして、ヴィエンサバン中学校で勉強しています。今年その過程を終える予定です。彼のその才能が現れ始めたのはとても早くからでした。彼の両親は、彼を特別なコースに入れよう彼を励ましました。  ラティコンくんは、「勉強の手法よりクラスでの勉強に興味がある。なぜならクラスでの授業は、分からなければ先生に聞くことが出来るからです。」と言います。  彼は、先生の言うことを注意深く聞く事の大切さを主張します。それは、授業の重要なポイントに注目し知識を手に入れることが出来るからです。  うるさいクラスの友達は、時々彼の集中の邪魔をするけれど、生徒表彰で賞をとり彼の才能を証明することが出来ました。

 彼はエクササイズをしたり家族と時間を過ごすことが、リラックスするために重要であるといいます。なぜなら、クラスで集中力をとても高くしているからです。  テストの時、ラティコンくんは、プレッシャーを感じません。解けそうな問題を最初に選びます。 「時間が限られているとわくわくする。」「理論的で練習問題を短い時間で解くときは、想像力を使う必要がある。」と彼は言いいます。 ラティコン君は教育省にビエンチャンの中学校で最優秀生徒と認められました。そして彼の学校も家族も学習を通して彼を支えたと称えています。 彼は「このような賞をを頂けるのはとても幸せなことです。誇りに思います。こんなに優秀な生徒がいるなかで私が賞を頂けるなんて思いもしませんでした。」と話していました。彼の父親はたくさん勉強をしなさいと息子にはプレッシャーを与えたりはしないと言っていました。しかし彼の学習時間と遊ぶ時間をすごす時にはどちらも楽しむように励ましています。

「私たちは彼が学習において問題があれば、彼にアドバイスをしたりして学習を支えてました」と父親は言っていました。 ビエンサバン中学校のViengphet Viengsavan さんはラティコン君はいつも クラスに気を配り、先生に聞くときもためらいませんと言っていました。彼は考えを共有 したり、放課後に友達とくつろぐことがすきです。 ラティコン君は9月から始まる新学期のために数学と文学の特別クラスをこの夏休み中にとっています。 この若い学生は将来何をしたいか確かではないそうですが、新しいことに挑戦することを楽しみにしているそうです。(2008年8月16日の記事より)

市民がビエンチャンの洪水の歴史を思い起こす

ビエンチャンの緊迫した洪水は初めて深刻な浸水があった42年前の洪水を思い起こさせる

1966年にビエンチャンで初めてメコン川が洪水になった。 ビエンチャン市民は1ヶ月近く洪水被害に直面した。多くの家や作物が浸水し、電気や電話が止まった。 ビエンチャン市民のダラーさんは1966~2002年までの全ての洪水を体験している。 1966年に彼女は30歳で、1966、71、78、2002年の洪水を覚えている。

1966年のビエンチャン中の低地が洪水となった理由として、洪水を避ける準備ができていないうちに、メコン川が一夜にして劇的に水位が上がり、川から水が溢れてしまったとダラーさんは言っている。 その当時ダラーさんはパクパサック地域の、Sithane村に住んでいた。「私は夜起きたら家の中がくるぶしの深さまで水に浸っているのを見た。」と彼女は言った。 6時間以内でビエンチャン中が洪水となった。 1966年は水位が高く、浸水するのが非常に早かった。それは洪水を防ぐための堤防が低かったからだったと彼女が思い出した。 1966年のパクパサック地域は堤防が道路よりも低かったため、最初に洪水になった。 多くの堤防が崩壊し、いくつかの村の多くの低地に大きな波が押寄せた。20日間の洪水で、食糧と飲料水が不足した。 移動は困難で、市民はプラスティック・コンテナや空気が入るタイヤ、ボートを使って移動した。 最も水位が上がったノンチャン地域では洪水の初日に1人が亡くなった。ノンチャンに近いクービエン地域は高い土地にあったので、浸水しなかった。 しかしビウンカセン村のような地域付近の村では激しい洪水に苦しんだ。

「1966年のビエンチャン市は現在とは異なり、すべての郡に自分達の堤防を持っており、低い地域でも堤防があった。ある地域の堤防は水位よりも高かった。」と彼女は語った。 政府は洪水の2日目には食糧や飲料水、薬などの救援物資を人々に支援した。 低地に住む多くの人々は、高地に非難した。 ビエンチャン周辺の安全な地域は、タートルアン、パトゥーサイ、Chinaimoである。 「低地に住む人々は20日間以上その場に非難していた。多くの人々が友達や親戚のところに泊まっていた。」と彼女は言った。 洪水により浸水した地域の水位は異なり、最も深い地域はモーニングマーケットやノンチャンだったとダラーさんは言った。 それらの地域の水位は2メートル近くまで達した。

2008年8月13日メコン川委員会によると、タイのノンカイに近い上流のChaing Saenの駅では1966年に起こった洪水よりも高い水位を記録した。 8月13日の水位は13メートル以上だった。 1971年にビエンチャンで2度目の洪水になった。NogdaのNongthevadaとSikhottabongのkaeliew村に浸水し、水位は1メートル位まで達した。 今年の洪水は1966年の洪水のように激しくなかった。それは洪水を防ぐための堤防がさらに広域で、高く積み上げたからである。ビエンチャン市はまた1978~79年にも洪水になった。ダラーさんによると、そのときは、腰の高さ1メートルくらいの水位であった。1971年の洪水と似ている様だ。 2002年には低地のKaoliew地域のみで、以前のように大きくはなかったが、4度目の洪水が襲った。ビエンチャンの洪水と干ばつ対策委員の事務局長Vilasack Mammountryさんはビエンチャンの公共事業機関はよく準備し、念密に2002年の水位を調査した。ビエンチャンの人々はメコン川の危険水位を超えて上昇したとき、洪水対策の準備を始めた。

この年のように政府、公務員、軍人、警察、そしてビエンチャンに住む人々はビエンチャンの洪水を防ぐために一緒に動いた。 MeterologyとHydrologty部署のレポートによると今年のメコン川の水位は8月7日から上昇し始めたようだ。局長のPheng piangpanyaさんは、水位は北部のラオスの激しいラオスの雨によって上昇し続けているようだと言った。洪水はビエンチャンの低地で起きた。局によると水位は上昇し続けているようだ。水位が危険地を越したので、ビエンチャンに住む共同体の公務員は、砂袋を4万個から20万個へと増やした。 5万平方メートルと7万平方メートルの砂袋で作られた。Vilasackさんは7千人の公務員と村人は洪水への努力に貢献したと言った。(2008年8月16日の記事より)

「ラオスのこども」が子どもの識字のために37億キープを提供する

読書推進活動が、「ラオスのこども」が支援する、全国に図書や施設を提供する37億キープ(43万5530ドル)のプロジェクトを通じ、行われることになった。 プロジェクト開始の了解覚書(MOU)が、「ラオスのこども」、教育省、国立図書館の代表により、月曜日、ビエンチャンにて調印された。

「ラオスのこども」のラオス側代表であるダラー・カンラヤ氏によると、当プロジェクトは、全国での学校図書室開設や子ども文化センター支援により、こどもの読書能力を向上することを狙いとしている。 プロジェクトは、2008年から2011年まで、3年間運営される。

プロジェクトの基金は、様々な国際ドナーやNGOなどにより提供されることになる。資金は、図書、机、椅子の購入、学校図書室の維持に使用される。基金の一部は、学業で優秀な成績だが、貧困かつ農村地域に居住する少数民族の生徒のための奨学金にも使われる。 ダラー氏によると、プロジェクトは、子どもに自らを伸ばす機会を広げるための読み書きを学ぶ機会を提供し、自立して生きていくための力を与えると考える。

「私たちは、ラオス語による図書の出版を支援し、子どもたちが読書を楽しみ、多くの文学の登場人物を知っているような社会を築くための読書活動を推進しています」。

「私たちは、全国のこども、特に農村部のこどもに、読書における追体験がいかにすばらしいかを感じてほしいと考えています」。 ダラー氏によると、子どもを、語り、人形劇の実演やゲームといった活動のきっかけである文学の登場人物に触れさせることが希望である。

ダラー氏は、「よりよい本、よりよい質の教育を貧しい人々、特に農村部のこどもに提供することが、開発セクターの主な焦点である。子どもは、よりよい情報・よりよい教育を得さえすれば、国の経済発展を担う新たな世代となるだろう」とダラ氏は言う。(2008年8月の記事より)

当局はラオス語の誤った使用に対処する

ラオス社会科学国家アカデミーによると、ラオス語の誤った使用は、世間の関心事項である。

アカデミー副総裁、ケッケオ・ソイサヤ博士(Khekkeo Soisaya)が金曜日に述べたことによると、「多くの若者がラオス語とタイ語を、その類似性のため、区別をすることができない。多くのラオス人民は、ただ聞き手が話し手を理解して欲しいために、単純な言葉を使う。しかし、言葉は正確ではない。ラオス語の正しい使用は、現在、多くの食い違いの源となっている。研究を通し、どの単語がタイ語であり、どの言葉がラオス語であるかを位置づけることで、早い段階で問題に対処すべきだと、私は思う。」

ケッケオ博士は、ソムサヴァット・レングサカド現副首相(Somsavat Lengsavad)を議長とする、国語審議会の設立の構想に同意すると述べた。 ケッケオ博士によると、審議会は研究を担うのみでなく、言語使用の問題、伝統的な言語の維持の課題にどう対処するかを議論するために、専門家を招集する。

「名高い議長がいることが、言語研究の役割を高めるのには重要だ」という。 ケッケオ博士によると、言語研究所は、ラオス社会科学国家アカデミーの傘下にあり、2010年までに5つの言語研究プロジェクトを遂行するという。

プロジェクトには、ラオス語文法の向上、ラオス語国語辞典の製作、少数民族へのラオス語の教授、ラオス語の研究がある。 言語研究研究所長のトングペット・キングサダ(Thongphet Kingsada)博士は、タイのメディアの影響により、多くの若者が、タイ語の単語とラオス語を交えて使うことから、ラオス語を不正確に話す原因となっている、という。

「他の言語の単語を借用しないことを確かにするため、例えばコンピューターに対し、samongkhonのような新たな単語を作った。しかし、人々はまだこうした単語を使っていない」、「メディアを通した教育キャンペーンが、問題対処に役立つカギであると思う」と述べた。

「主要課題の一つは、言語研究の任務を遂行する能力がある人材が不足していることだ。ラオス国立大学を卒業した多くの学生は、言語研究の真の意味をまだ深くは理解していない。 ラオス語とタイ語は、とりわけタイ東北部のイサーン人の言葉は、多くの類似性を持つ。タイ語の流行は、タイのメディアの浸透によりもたらされ、若者の中にはタイ語を使うことが流行と思っている人もいる。この問題は、政府の懸念となり、政府は問題対処の方法を模索している。 ラオス語の不正確な使用は、NAテレフォン・ホットラインに電話してきた国民からも、先月提起された。 当局は、問題を研究するには多少の時間がかかり、若者がラオス語を正確に使うよう教育し、促進するには、様々なアプローチが必要となる。」と述べた。(2008年8月の記事より)

セコン県は教育基準を上げる

セコン県の主要な町や農村部に、適切な学校施設、質の高い教師、図書室、教室を提供することは、当県の教育局の将来戦略計画の中心である。 県教育局局長のタヴォン・ポンマライロウン(Thavone Phommalayloun)氏は、6歳未満の子どもが学校へ行く機会がまだ不足している、と今週述べた。

識字率向上は、月曜日に当県で行われた県教育行政官年次会議での主要議題テーマだった。 「学習プロセスおよび教え方の水準はよくなってきており、結果も向上してはいるが、まだ多くの欠点がある。低い数値とさらなる教育への低い入学率は、克服する必要がある障害である」とタヴォン氏は述べた。 「粗悪な教育水準は、遠隔地での教師不足、不十分な教授法、不十分な学校物資に関係する」。

会議中、タヴォン氏は、2007-2008年度のいくつかの弱点を強調した。 6歳またはそれ以下の子どもの、非就学率は47.8%に達し、14歳から40歳までの非識字率は、特に県の農村部で増加し続けた。 もう一つの問題は、学年末試験に落第し、留年しなければならなかった生徒が多いことだ。 これは、ダクチュン郡の3つの村、カルム郡の14の村での校舎の不足により悪化した。

タヴォン氏は、技術が足りない学校教師がいる、と述べ、会議の全参加者に、この問題の解決のために、PTA、郡教育局と密接に協働するよう主張した。 タヴォン氏によると、県教育局は、教師の技術の向上、6-10歳までの児童が登校するよう促進、非識字率の削減、農村部の児童の教育アクセス増加のための校舎の数の増加を継続する。少数民族出身の人々には、子どもを登校させるよう、説得することとする。

県中の学校が、教師によりよい研修を提供するよう、教育局との密接な協働を計画している。 「コミュニティーは教育システムに貢献すべきである。コミュニティーが、学校施設、設備の修理の支援、学校資源、行政官・教師の技術向上の基金追加を求める形をつくることになる。教師がより効果的に教えることができるよう、教師のニーズを解決するために、教育行政官と村のコミュニティーの郡会議が開かれるべきときだ。」とタヴォン氏は述べた。(2008年8月の記事より)

政府は教育基準を高める

国家教育改革開発目標の達成のため、教育の国家基準を向上が、昨日、ビエンチャンで行われた、教育改革国家委員会の第二年次会議での主要議題だった。 ソムサヴァット・レングサヴァッド現副首相は会議で、2015年までにすべてのラオス人民が教育目標を達成するために、教育関係公務員に一生懸命に働くよう、主張した。 ソムサヴァット氏は、教育改革の第一段階の結果を確認した後、全参加者に、毎年3-4%で非識字率を減らすべく大いに努力するよう奨励した。

「政府は、5億5000万キープの基金をこのプロジェクトに提供し、ルアンナムター県とポンサリー県の2つの郡で実行される。2009年までに91%のこどもが登校するようにするためには、教育公務員は農村部により多くの学校を建設すべきだ。」とソムサヴァット氏は言う。

当プロジェクトは、職業教育、高等教育の改革を継続し、遠隔地・孤立地域の人々の学校へのアクセスを拡大し、少数民族出身の行政官、管理者、研究者、教師を育成することを狙いとしている。 教育管理者及び教師には、任務の遂行を確かなものにするためのスキルトレーニングが与えられる。

ソムサヴァット氏は、2006-2008年の教育改革の戦略計画の第一段階からの業績、課題を説明した。 過去2年間、教育省は、就学前教育を拡大し、またカリキュラムの更新を通じ、一般教育を改革してきた。それは、卒業生が労働力として参加するための、一般知識、職業指導、基礎職業技術を提供した。

教育改革の第一段階における学校や生徒の就学率の増加に伴い、基礎的な教育インフラもまた向上された。 改革は、幼稚園で15.4%、小学校で89.2%の就学率、15歳で77.9%の識字率にまで伸ばした。

教育省は、手当てや奨学金、少数民族の教育へのアクセスの向上の規定を含めた懸念事項への取り組みを望んでいる。 昨日の会議には、教育大臣、ソムコット・マングノメーク教授、上級教育官僚、国際NGOからの代表も参加した。(2008年8月の記事より)

教員養成校の新卒業生は教員不足解消に貢献

中等教育課のThongphiew Bouthsady氏は、木曜日、ビエンチャンのドンカムサン教員養成校の522人の新卒業生を見て、新たな卒業生は、ラオス、特に農村部における教員不足の解消に貢献するだろう、と述べた。 Thongphiew氏は、新卒業生が農村部へ帰還した際には、国のために最大限の能力を発揮し努力し続けるよう、卒業生に促した。

卒業生のチャムパサック出身のNouxing Sayyalathさんは、故郷に戻り、今年の9月から仕事を始める予定だ、と述べた。「故郷に戻ったらすぐに働きたいです。特に農村部では、まだまだ多くの教員が必要なため、私は就職できると確信しています」。

盲学生のマライカム・デトヴォンサさんは、わずか4人の障がい者の一人である。マライカムさんは、トンポン村の眼科センターにより学業を助けられ、今後、眼科センターへ戻り、障がいをもった子どもたちを教える予定だという。「今日卒業できることをとてもうれしく思います。学校で学んだことを他の人たちに役に立てるように実践するつもりです」。

学生たちは、幼稚園、初等教育、英語特別教育にまでわたるコースを修了した。平均して、350-400人の学生が毎年、当学校から卒業する。 ドンカムサン教員養成校は、ラオスの10校ある教員養成校の一つであり、中部の県のニーズに特に焦点を当てて、幼稚園、初等教育の教員を養成する。

学長のポネパシット・ルアンリトサクダ氏によると、ドンカムサン教員養成校は教師を全国の農村部、特に教員不足に悩む地域へ供給してきた。今学年は、734名が入学し、75%が無事卒業した。卒業式には、教員養成課長代理、ヴァラドゥン・アマラティサダ氏、数百の学生の家族、友人が参列した。(2008年7月の記事から)


教育省が生徒に教科書を供給

すべての小学1,2年生は、9月1日の新学期から、教材を無料でもらうことになる。 教育省は、現在、全国中に170万部の教科書を送っている。新たな教科書は、旧版を改定したものだ。  チャルム・スヴォン就学前教育・初等教育部長によると、教育省はすでに北部の学校に教科書を送付したという。「1年生、2年生の全小学生が新たな教科書を使うことができるようになる」と部長は述べた。

教科書は、ラオス語、算数、一般教養などの科目を対象とする。全教科書が郡教育局にとどき、それから数週間のうちに学校に配布されることが望まれる。  教育省の計画では、すべての学校が7月末までに教科書を受領するという。  チャルン氏によると、学期が始まる前に、教科書使用法に関する教員研修ワークショップが開かれる予定だという。研修は、国内の19の貧困郡が最優先される。教育省は、現在、その他の地域の研修の資金を提供するドナーを探している。

新たな教科書は、来年は、3,4年生に、さらに翌年には5年生にも提供される。 教育省の教育統計・情報技術センター長であるソムハン・ディダラボン氏によると、2007-8年度には、約47万人の生徒が1,2年生に登録している。これは、国立・私立の両方を含む。(2008年7月の記事から)

ラオスにおける読書促進は成果を上げている

今年、国際児童図書評議会(IBBY)から賞を受賞したように、「ラオスのこども」の、ラオスの子どもの読書推進活動が成果をあげた。 「ラオスのこども」は、25年以上もの間、ラオス中、とりわけ、読書に関する知識が少なく、本の入手が限られている、遠隔地において、読書推進を行ってきた。プロジェクトは、14地域、3000以上の学校で行われた。 審査委員会は、IBBY朝日国際児童図書普及賞の候補の11すべてのプロジェクトを審議した結果、「ラオスのこども」が、「Bakame Editions」(ルワンダのこどもたちに図書の出版活動を行っている団体)と一緒に、受賞することとなった。

「ラオスのこども」のチャンタソン・インタヴォン共同代表は、1970年代から日本で生活していたラオス人女性である。1982年に、「ラオスの子供に絵本を送る会」(2005年4月に「ラオスのこども」に改名)を創立した。 1990年から、「ラオスのこども」は、児童向けのラオス語の図書出版を支援し、128タイトル60万冊以上を出版してきた。「母語が国語ではない国があるなかで、ラオスに言葉をつくった我々の先祖を誇りに思います。『ラオスのこども』が受賞した理由は、主にラオス語の本の出版をしているからです」。

「ラオスのこども」はビエンチャン市チャンタブリー区シーホムにあり、ラオスの子どもの教育環境向上を目標とするNGOである。「ラオスのこども」は、教授、教員、若い作家、編集者によって書かれた本を出版している。他言語からの翻訳本もあり、読者は世界で何が起こっているかをより学ぶことができる。 「ラオスのこども」のラオス事務所代表ダラー・ヴィラヴォン・カンラヤ氏によると、「ラオスの子ども」は人々が書くことを勧め、現在は若者に小説の書き方を教えている。「私たちは遠隔地をしばしば訪問しますが、都市も忘れてはいけません。ビエンチャンにも本に届かない人たちがいるからです」とダラー氏は語る。

IBBY朝日国際児童図書普及賞は、IBBYにより始められ、朝日新聞社によって支援されている。賞は、青少年の読書推進に長年貢献してきた団体・組織が運営する、恵まれない子どもたちを対象としたプロジェクトに与えられる。 賞は2006年から始まり、2年ごとに2つのプロジェクトに与えられる。受賞者は、隔年のIBBY会議で賞を受ける。

共同受賞者である「Bakame Editions」は、1994年に起きたルワンダ大虐殺後の1995年、アグネス・ギル・ウクンサ氏によって設立された、青少年を対象とする独立した非営利出版社である。 「Bakame Editions」は、文化に基づく健全な読書を行うことでジェノサイドの恐怖を子どもが克服するために、全ルワンダ国民が理解する国語、キニャルワンダ語の児童向け図書の出版を目的としている。

IBBYは各国の母語を重視し、自分たちの言葉を評価するよう、各国に働きかけている。IBBYは、各団体の活動の達成を、読書向上活動に特に焦点を当てて、評価する。

チャンタソン氏は「教師が本の重要性を理解しなければ、出版の意味はありません。教師が読書推進を生徒にどのように行うかを知らなければ、生徒が読書に興味を持つことはありません。誰も本を読まなければ、本はシロアリのエサにしかならないでしょう」、「今日、多くの人が外国語を理解しますが、外国語しか理解できず、母語も同じように理解できなければ、外国語を学ぶことは難しいでしょう。母語と外国語は共に向上すべきなのです」という。

「ラオスのこども」は、生徒の読書推進を効果的に行うため、教員および将来の教員に対する研修のために、ラオス国立図書館、教育省と共に活動を行っている。「私たちの団体の発展を止めるつもりはありません。基金を増やし、人々の読書向上のための出版を行うことを試みています」。 「ラオスのこども」の目的は、子どもが自らの力を伸ばす権利、人生を主体的に洗濯する権利を全うできるよう、教育の普及に協力することで、公正で平和な地球社会づくりに貢献することである。(2008年4月の記事から)


2020年ビジョンへの教育省目標

センドゥアン教育副大臣は言う。「教育省は、国家建設に資する科学技術の進歩のため、公教育の価値と学術の発展の促進を目指している。グローバリゼーション、情報共有、科学技術の進歩は、今日知られるように、うなぎのぼりに、生活を変化させている。

ラオスはまだ発展途上国にされるが、貧困ライン以下で生活する農村人口の割合は、過去数年で約45%に低下した。生計手段としての農業から、消費商品としての余剰生産へ、より多くの農民が移行しつつある。 近隣諸国と比べ、ラオスは、国の開放化以降、短期間で、より大きな社会経済発展を成し遂げた。我々には、自然資源を含め、さまざまな分野で豊かな潜在能力を発揮するのによい基盤がある。メコン圏地域における戦略的な場所にあり、貿易、観光の回廊となることができる。

科学技術、教育、公衆衛生セクターは、漸進的に変化し始めた。改革された試験規則が、国家基準の統一と課税保障が意味をもち正確であることを証明するために、導入され始めた。同時に、政府の政策によって設けられた経路と一致しており、それは国際機関ならびに世界中の友好国から支持されている。

教育省もまた、2020年にむけた政府の戦略ビジョンを高めるために、教育の発展に力を入れている。わが国は、現在、多民族が共存する平和な状態にある。人々は、文化遺産の深さと様々な民族の協和を重んじている。 過去10年で、教育省は、教育向上のための多くの課題を克服した。公立教育の発展とともに、私立教育の水準も向上し、現在、国の教育システムの重要な要素として考えられている。 私立教育の生徒の数は相対的に少ないが、特に幼稚園、前期中等教育(lower secondary level)において増えてきている、とSengdeuane氏は付け加えた。(2008年4月の記事から)


ビエンチャンの成績優秀者が特別な証書を受賞

ビエンチャン教育局は昨日、ビエンチャンの小学校から高等学校に通う32,634人中、550人以上がそれぞれの学年の学期末試験で優秀な成績を残したと発表した。その約550人は、中学生138人、高校生387人、その他は小学生で、7割以上の点数を獲得。そのうち中学生2人、高校生14人は全教科で9割以上の点数をとり、特別な赤い証書を受賞した。この証書は非常に権威のあるもので、この地区の小・中・高校の首席生徒に与えられる。

教育局の統計によると、今年は小学生から高校生の1,000人近くが試験に落第しており、小学校は 5月22、23日に、中学校は29、30日に、高等学校は 6月19、22日に追試を行う予定だ。小学校は算数、ラオス語、文学、一般教養を、中学校は数学、ラオス語、地理、歴史、政治経済、科学を、高等学校は数学、ラオス語、化学、物理、生物、地理、歴史、政治経済の試験がある。

教育省から赤い証書を受賞したクアルアン高校に通うボンサイ・ソウバンパング君は、「これは学生時代の一番の成功。特別な指導をし、授業で激励してくれた先生方のお陰でもある。本当にこの試験によって特別な証書をもらえて嬉しい」と誇らしげに話していた。(2007年8月の記事から)


ラオスの若者の人身売買被害の危険について

毎年ラオスの若者達は、高い収入を求めて、合法的・非合法的に出稼ぎにタイに行く。しかし、彼らの多くは夢見るような仕事に就けず、様々な問題に直面する。騙されて人身売買の被害にあい、危険な労働環境の中にある工場でしばしば雇用主に暴行を受け、少ない給料で働かされたり、女の子は売春を強制されることも多い。

政府関係者は、多くのラオス人は人身売買を含む問題について十分な知識を持っていないため、タイに行くとき自分の身を守ることができないと述べている。タイに出稼ぎに行く若者のほとんどは、人身売買についての知識が乏しく、最新の情報が届きにくい県の出身である、と話していた。

厚生労働省と国際労働機関(ILO)は、若者に人身売買の被害から身の守る知識を広げるために、マスメディアに人身売買撲滅に協力するように要求、記者に人身売買についての記事を書くように依頼した。多くの若者がタイに出稼ぎに行くサイヤブリ、チャムパサック、カムアンの3県で、14-24歳の340人を対象に、厚生労働省とILOが2006年8月に行ったインタビューでは、71%が人身売買という言葉を知っており、そのうちの75%はメディアからその情報を得たということを認識した。

これら3県の若者は一般的にタイで働くことや、人身売買問題について興味を持っており、テレビがこの問題の情報を伝えるために重大な役割を担っていると報告した。(2007年8月の記事から)

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