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現地NGOが行う、“経済復興のための”地雷除去。

 「ステッカーで地雷除去キャンペーン」の収益は、現地NGOを通じてタイでの地雷除去作業に使われています。このページでは、実際の地雷除去作業が誰によって、どこで、どのように行われているのかについての情報を掲載していきます。

なぜ地雷除去が必要なのか

除去された地雷

 戦争が終わってもその土地に残り続け、そこに住む人達の生活をおびやかすもの。それが地雷です。地雷が埋まっているかもしれないという恐怖がある間は、仮に地雷が埋まっていなくても、その土地は使えない土地と見なされます。そして地雷は誰かを傷つけるまで半永久的に地中に残り続けます。

 かつての紛争地域では、今でも遊んでいるだけで地雷の被害に遭う子どもがいます。30分に1人、どこかで誰かが地雷を踏んでいます。1日に地雷の被害に遭う半分が、家族の為に水を汲みに行ったり、農作業を手伝う子ども達です。

 地雷原を安全な生活空間として復活させるには「土地の浄化」が必要なのです。

地雷除去団体について

「その後の経済復興」に目を向けた、地雷除去支援団体「JAHDS」

JAHDS

 POM2は2006年まで、特定非営利活動法人「人道目的の地雷除去支援の会」(JAHDS、ジャッズ)に寄付をしていました。

 「JAHDS」とは、日本の企業が力を合わせ、タイとカンボジアの国境沿いに埋まる地雷の除去、地雷探知機の開発、地雷除去に伴う資機材の提供などを行った日本のNGOです。「その後の経済復興」に目を向けた地雷除去支援活動が特徴であり、ソニー、ホンダ、トヨタ、オムロンなど日本の有力企業がアイディア、資金、技術など様々な面で力を合わせ、“日本が誇るオールスター型NGO集団”とも言われました。

JAHDSの理念を引き継いだ、タイ人による地雷除去団体「PRO」

PRO

 2006年9月、タイ王国の遺跡「カオ・プラヴィーハン」地域での地雷除去事業を完了して、JAHDSはその使命を終え同年11月に解散しました。

 JAHDSのあとを引き継いだのが、現地NGOである「PRO(Peace Road Organization)です。2006年10月にタイ人によって設立され、「自分たちの土地は自らの手で」という考え方のもと、地雷除去活動に取り組んでいます。2007年には、PROの活動を1年間モニターしてきた在タイ日本国大使館によって、草の根・人間の安全保障無償資金協力「カオ・プラヴィーハン地域における不発弾および対人地雷除去支援計画」に約3,000万円の支援を受けるなど、着実に実績を重ねています。

 現在、「ステッカーで地雷除去キャンペーン」の収益は、PROに寄付しています。

Peace Road Organization Webサイト (タイ語, 一部英語)

合言葉は、ピース・ロード

Peace Roard

 「ピース・ロード」とは、“平和へと続く道”。JAHDSは、これを合言葉に地雷除去プロジェクトを行いました。戦争により失われた多くの命への鎮魂の想いとともに、改めて平和の尊さを学び、その想いを次世代へ繋いでいかなければならない――この合言葉には、そんな思いがこめられています。

 PROの名前は、このJAHDSの合言葉に由来しています。地雷除去技術やプロジェクトのノウハウはもちろん、地雷除去や平和に対する思いもJAHDSから受け継がれているのです。

地雷除去プロジェクト地について

カオ・プラヴィーハン遺跡 ― 地雷除去で、世界遺産に。

カオ・プラヴィーハン遺跡

 カオ・プラヴィーハン寺院は9世紀末から約300年の年月をかけて建設された、アンコールワットより古いとも言われている貴重な歴史的建造物です。

 しかし、この地域はタイとカンボジアの両国にまたがっており、カンボジア内戦時には激戦地域となっていました。寺院の周辺一帯には無数の地雷がうめられ、内戦が終わってからもそれらが取り除かれることはありませんでした。その結果、観光資源としての価値も失ったこの寺院は「幻の大遺跡」と呼ばれ、人々を遠ざけてきました。

 そこで2004年7月、JAHDSによりこの地域の地雷除去プロジェクトが開始されました。67万平方メートルの土地の浄化には多くの時間と資金が必要でしたが、2007年10月、ついにカオ・プラヴィーハン地域のプロジェクトは終了しました。このプロジェクトにおいて、対人地雷30個、不発弾165個が除去されました。

 2008年7月7日、カオ・プラヴィーハン寺院は世界遺産に登録されました。これは、地雷除去プロジェクト最大の成果ともいえます。今では、子どもたちの環境学習施設としてバンガローやキャンプサイトなどの宿泊施設も建てられ、多くの観光客がその土地に足を踏み入れています。

カオ・プラヴィーハン(プレアビヒア)寺院の紛争について

 現在、タイとカンボジアの国境に位置するカオ・プラヴィーハン寺院で紛争が起こっています。

 2011年2月4日にタイとカンボジア両国軍の間の発砲から銃撃戦へ発展した今回の紛争により、軍関係者だけでなく民間人にも死傷者が出ています。

 POM2の寄付先である地雷除去団体PROのメンバーの家や地元交流を進めていた現地の中学校も被弾していると言います。

 地雷を浄化した土地が今回タイとカンボジアの戦いの火種となり、また私たちがお世話になっている現地の方々が大変な状況にあるということにやるせなさを感じております。

 PROの合言葉である「ピース・ロード」が例え険しい道のりであったとしても少しでも平和へと近づけるよう取り組んで参りたいと思います。

【参考】 タイ:プレアビヒア寺院周辺地域におけるタイ・カンボジア両国軍の衝突に伴う注意喚起 (外務省)

地雷汚染の著しかったドン・テュアン遺跡

ドン・テュアン遺跡

 カオ・プラヴィーハン寺院のプロジェクトを終えたPROが新しいプロジェクト地としたのがドン・テュアン遺跡です。

 ドン・テュアン遺跡も10?11世紀に建設されたクメール遺跡であり、タイとカンボジア国境から300メートルという場所にあります。周辺の地雷汚染は著しく、2ヶ月の作業で97個の対人地雷が発見されたという、プロジェクト開始以来最も危険な場所とも言えます。

バン・パライ ― プロジェクト途中で国境が変更に

バン・パライ

 バン・パライ(タイ中部サケーオ県アランヤプラテート郡)での地雷除去プロジェクトは、すべての浄化作業を終えることが出来ませんでした。プロジェクト進行中にタイ・カンボジア間で交わされた覚書により、それまであいまいだった国境が正式に確定。その影響により、プロジェクト地の変更を余儀なくされたのです。同所でのプロジェクトは2009年7月にスタートし同年11月までの4ヶ月間でしたが、ATM(対戦車地雷)2個、M14(対人地雷)3個、booby trap (不発弾)1個が除去されるなど、一定の成果をあげました。

 バン・パライに代わり地雷除去が行われたのが、タパヤ(Ta Phaya)地域です。2010年1月?6月の間に約29,000㎡が浄化されました。

※当初、No.14001?No.17750を「バン・パライ」に割り当てていましたが、No.16251以降の対象地域を「シーサケット」に変更しました。
(タパヤ地域でのプロジェクトは短期間だったため、地雷マップは作成していません。)

シーサケットでの新たなプロジェクト

 PROの次なる地雷除去プロジェクト地は、タイ東北部に位置するシーサケット県が予定されています。現在、資金集め等の準備を進めています。

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